2020年度から実施される「大学入試共通テスト」について、先月、英語で外部の民間試験の導入が延期になったのに続き、今月17日には、国語と数学の「記述式」問題を大幅に増やすために民間試験を導入することについても文部科学省が「見送り」を発表した。その背景には何があるのか、その歴史的な意味づけをしておきたい。
英語、国語で民間業者の試験を使うことは安倍内閣の「大学入試改革(改悪?)」の2本柱として「官邸主導」で強引に導入されることが決まったが、いずれも民間業者の準備が間に合わないことや、あるいは受注した業者の不始末が発覚して、問題になっていた。
特に国語の記述式問題に関しては、いかに客観的に公正な採点ができるかが長い間議論になっていたが、これも今年度、英語同様に民間業者に「丸投げ」する方式を取ることが決まって、教育産業大手の「ベネッセ」社の100%子会社、「学力評価研究機構」が実に61億円で落札した。するとベネッセ社は、全国各地の高校に対して「子会社が試験問題を採点するので、わが社の入試指導を受けると有利だ」とPRする営業活動を行っていた。それが発覚して、11月の国会の衆院文科委員会で追及され、萩生田文部科学相も「信頼性に疑念を招く」と言い、文科省はベネッセ社に「厳重注意」したそうだが、それで収まらず、結局、大臣も「見送り」というより「事実上、白紙」と説明した。
文科省と大学入試センターでは早くから、民間業者テストを使うことに対する疑義が出ていた。しかし、安倍首相が指揮してつくった教育再生実行会議が13年秋に、現行の大学入試センター試験に代わる「新テストの創設」を早急に実施するよう提言したのを受けて、文科省の最高諮問機関、中央教育審議会が14年末、①記述式の問題の導入②英語民間試験の活用、を答申した。つまり官邸主導で方向性とタイムリミットが設定され、それに見合うように文科省が具体策を練って実行する、という「政治主導・行政追従」パターンの典型となった。それが「延期・見送り」になったのは、別に文科省が抵抗して「政治決定」をひっくり返した、というドラマでは全くない。むしろ、体制づくりが整わないまま「スピード感を持って」「とにかく20年度から実施せよ」という“スピード経営”路線による「見切り発車」の「政治決定」が、実際には大きな混乱を招くことが明白になって、あわてて「延期・見送り」を改めて「政治決定」したと見るべきだ。そこには文部官僚たちの「教育行政はこうあるべきだ」「大学入試のあるべき姿はこうだ」という気骨のある積極的な理念・提案などがほとんど見られず、ひたすら政治家の思惑・言いなりに振り回されている感が強い。
それにしても、こうした「官邸主導=政治主導」で教育行政が大きく左右されることになったのは、どういう歴史的な背景があったのか、戦後70年余年間の日本の教育政策をここで振り返ってみたい。
まず1945年の敗戦後、GHQ統治下では戦前の皇国史観に基づく教育政策を排し、米国型の民主主義を全面的に導入する「民主教育」が進められた。それが1950-51年の朝鮮戦争を機にGHQが反共産主義の立場から「民主教育の行き過ぎ」を是正する形で共産党・社会党主導の教職員組合運動を弾圧する方向に180度方針転換した。1951年のサンフランシスコ講和成立の独立回復後の教育行政は、まず文部省と日教組との対立の構図で70年代まで揺れ動いてきた。その間、政治の世界は1955年の自民党VS社会党という「55年体制」が支配し、自民党は社会党、共産党の勢力を抑えるべく、両党の温床である労働組合、とりわけ日教組を「潰す」ことに精力を傾け、文部省をその方向に動かしていた。60年代から80年代にかけて、文部省では「日教組潰し」を担当する初等中等局の地方課長(全国の教育委員会を指導する)のポジションが重要視され、そこで功績のあった課長が局長―事務次官ポストまで進む出世コースと見られていた。
また自民党文教族は派閥横断的に広がっていて、60年後半の佐藤栄作政権下では長く「三角大福中(三木武夫・田中角栄・大平正芳・福田赳夫・中曽根康弘)」の5大派閥争いが続いていたが、三木派の海部俊樹、福田派の森喜朗、中曽根派の藤波孝生などの有力政治家が文教族として文部省を支え、あるいは文部行政を左右する力を持つに至っていた。
こうした文教族の多くは早稲田、明治など私学出身。彼らが文部行政(文部官僚の大半は東大はじめ国立大卒)の国立大学優先主義に「待った」をかけ、71年に私学助成法を成立させ、それまでの国立大学と私大の授業料の格差(1:10=当時は国立が年1万2千円、私大が平均12万円)を減らすことに貢献したことは大きい。その後、国立大学はほぼ2年おきに授業料を値上げし続け、現在は国公立大の授業料は年52万円、私大は120万円平均で、格差はほぼ1:2になっている。国公立と私学との授業料格差を縮めることは文部省の長年の理念「公平・平等第一主義」にも適合するもので、文部省にも強い違和感はなかった。70年代を通して、自民党文教族と文部省とが事実上の「二人三脚」で教育行政を進めてきたと言っていい。
教育行政が明確に政治主導=官邸主導になったのは1984年、中曽根内閣が首相直属の諮問機関として臨時教育審議会を立ち上げてからだ。それまで文部省は独立回復後の1952年に文部大臣の諮問機関として中央教育審議会(主要大学学長など30人の学識経験者で構成)を設置し、この中教審が教育行政の基本を決める最高機関と位置付けて、実際は文部官僚が方向性を示す振り付け役を担っていた。そこでの基本理念は「全国津々浦々、どこでも同じ教育が公平・平等に受けられる」という「平等・公平・一律・一斉」論だった。文部官僚たちは日本の小学校から高校までの初等中等教育が「世界でも最も優れた教育制度」と誇り、文教族の成果である私学助成制度もまた「平等・公平」思想に基づくものだった。
ところが60年代末の大学紛争が象徴したように大学進学率が10%を超え、70年代以降「大学の大衆化」が進む中で、中学・高校・大学が偏差値で序列化され、学校間格差が広がった。同時に70年代後半から日本経済が国際化の時代を迎え、日本が市場としても外国から「門戸開放」「規制緩和」を強く求められ、教育制度面でも画一的な規制の弊害が問題になってきた。
そうした中で誕生した中曽根内閣は「戦後政治の総決算」「戦後教育の総決算」を看板に掲げ、それまで教育行政を支配していた規制第一主義を全面的に見直すために中教審の上を行く臨時教育審議会を設置して、85~87年にかけて4回の答申を出した。その基本方針は国際化時代の情報化社会に向けて、学校現場の国際化・情報化を図り、各学校の規制を緩和して「個性化・自由化・多様化」を進めることにあった。これは教育行政を、それまでの「平等・公平・一律・一斉」主義から180度の転換を促すものだった。教科としては特に英語が重視され、読み書きだけでなく聴き取り・話す力をつけることが求められた。つまりこの時点で、最近問題になっている「4技能」重視路線が明確に方向づけられていた。
また幼稚園から高校までの初等中等教育段階では学習指導要領の枠を順守する「一律主義」を改めさせ、フリースクールを含む学校選択の自由を促し、大学では民間の経営手法を導入して個性的な大学づくり、国際競争力のある大学づくりを目指していた。つまり、今日の教育改革の基本路線はほとんどこの臨教審の答申が示していて、この30年間、教育行政はその基本路線に沿った形で進んできたと言っていい。
それにしても、この30年間、それも省庁再編で文部省が文部科学相に代わってからの20年間、特に目立つのは、政策がちぐはぐで整合性がとれていないことだ。その問題点をいくつか列挙するとーー。
*グローバル化社会で「英語が使える日本人を育てる」として、全国一律・一斉に小学校から英語を教える意味と効果をほとんど考えていない。「英語は早くから学ぶ方がいい」は間違いで、小学校現場を混乱させ、無駄な投資をしている。
*外国語を聞く・話すのは数百時間かけてようやく身に着く「慣れ」の問題であり、学力とはほとんど関係ない。「英語ができる=頭がいい」は大いなる誤解。日本人全員が英語に「慣れ親しむ」必要などほとんどない。英語が「本当にできる」人材は社会人でも1割もいれば十分なはずだ。
*なぜ大学入試で英語の4技能を測ろうとするのか、その意味も効果も考えていない。大学入試で問うべきなのは大学の授業についていけるだけの学力(Reading, Writing)であって、SpeakingもListeningも必要ない実態にあえて目をつぶっている。
*今や大学進学率は55%。全国約780大学の入学定員は60万人で、大学進学希望者は全員入れる「大学全入時代」になり、大学生の半分以上は大学教育を受けるに足る学力がないという。大学1年生の40%は英語力が中学3年以下、30%は国語力が中学3年以下のレベルで、その層がほぼ重なっている。
*一度に50万人以上が受験する大学入試マーケットは軽く100億円単位の市場であり、民間業者試験を導入して喜ぶのは業者と、そこからの献金を期待する政治家だけではないか。
*記述式試験の導入は受験生の表現力・論理的思考力を高めるためというが、その採点は公平さを期すにはきわめて難しく、大学入試で記述式問題を増やす意味が不明。民間テストを導入すれば混乱が起きるのは明らかだ。
*日本人の表現力、論理的思考力を高めるには小学校から「日本語」教育を充実させ、日本語で読み書きがしっかりできるように多読・精読・音読・暗唱に力を入れるべきだ。特に小学校では日本語力を高めることが、英語を学ぶよりもはるかに重要だ。
*文部行政で最も滑稽なのは教育の「個性化・自由化・多様化」を「平等・公平・一律」に行おうとすることであり、文部官僚たちの力点は明らかに「平等・公平・一律」にある。それでは子どもたち一人ひとりの個性を伸ばし、優れた才能を開花させることなど望むべくもない。
*幼稚園から高校まで、学校現場で子どものことを第一に考えて努力する教師は「一律・平等」を求める同僚たちに足を引っ張られて孤立しやすい。学習指導要領の枠を大幅に緩くして、教師の自由度を高め、個性的で多様な指導法を推奨する工夫をすべきだ。
*大学教員のほとんどが研究者を自任し、研究に8~9割のエネルギーを使い、教育には1~2割しか使わないのが実態。自分の専門を魅力的にわかりやすく説明し、英文資料を豊富に使って、学生に日常的に英語に慣れ親しませる努力をすべきだ。同時に教養教育にエネルギーの8割を使う教師を大幅に増やすべきだ。
――以上に示したことの論拠は、拙著『最強の英語学習法:グローバル人材を育てる実践的英語教育』(IBC出版、2017)でかなり示したが、現在、その続編を執筆中で、そこでさらに詳しく展開する予定でいる。
*****今回が私のメルマガの10回目、最終回となります。半年間、読んでいただいてありがとうございました。毎回、約4千字書きましたが、まだ書き足りないことがたくさんあります。このコラムへの読後の感想、ご意見をお寄せいただければ、それらを参考にしながら新年には著書にまとめるつもりです。連絡先は渥美育子さんのホームページからでも、私のメールアドレス(katsumatamichio@gmail.com)でもどうぞ。
