私は第1回コラムで「グローバル人材の条件」を論じ、英語は決して「グローバル人材」の必要条件でも十分条件でもないことを強調した。つまり英語ができればグローバル人材に自動的になれるというわけでは決してないが、「グローバル人材」の条件(必要な資質)を鍛え、育てていく上で、英語を学ぶことがきわめて有力な手段となることを指摘した。そこでは「英語さえできればいい」という手段の目的化、本末転倒にならないよう警鐘を鳴らしたつもりだった。

とはいえ今日、企業で人事・人材開発担当者、中央官庁の役人に聞けば、まず間違いなく多くの人が「そうは言っても、これからは英語で議論できる人材が絶対に必要だ」と言う。つまり社会が想定している「グローバル人材」とは、あくまで「英語が使える人材」だ。

その下敷きになったのが2010年代に文部科学省がまとめた「グローバル人材育成のための戦略」(2011)、「第2期教育基本計画」(2013)、「グローバル化に対応した英語教育改革の提言」(2014)など一連の指針だ。そこでは「英語が使えるグローバル人材」が、日本の労働人口6400万人のうちの5%程度、約300万人は必要で、「今後毎年30万人は育成しなければならない」との数値目標を立てた。そして特に20代の若者の10%程度(ざっと100万人)をそのための「潜在的候補層」と想定した。「潜在的候補層」とは、何とも官僚特有のわかりにくい表現だが、要するに若手社員の1割は「英語が使える」人材に育てよう(あるいは「育てたい」)ということだろう。逆に言えば、文科省が日本の労働人口の95%、若者の90%は「英語ができなくてもいい」と自ら認めていることにもなる。

ちなみに民間の野村総合研究所が2016年にまとめた提言では「(英語ができる)グローバル人材」は労働人口の1%、63万人が最低必要、としていた。

ところで、私が過去10年以上、日本の労働市場に詳しい学者や経営コンサルタント、大手企業の人事担当者らから聞いてきた話では、従業員300人以上の中堅企業から3000人以上の大企業でも、実態として英語で仕事が出来る社員はせいぜい社内の1~5%程度で、まず1割もいない、という。もちろん1990年代以降に増えた外資系やベンチャー企業では社員の大半が英語が出来ることが条件になっているようだが、多くの日本企業では今でも「英語などできなくてもいい」と考えているのが実情だ。

その中でも注目すべきは1997年にインターネット・サービスを始めた楽天だった。創業者の三木谷浩史社長が2010年に社内会議の英語公用化を宣言し、昇格の要件にTOEICの点数を組み込んだ。その結果、全社員のTOEICスコアは平均526点から実施1年半で687点に伸びた(三木谷浩史『たかが英語!』講談社、2012)。現在の従業員は1万7千人、売上高は連結で1兆円を超すIT企業のトップクラスに躍進したが、その原動力の一つが全社挙げての「Englishnization (“英語化”という造語)」で、社内決済のスピードアップ、海外でのビジネス展開の効率化、海外企業との業務提携やM&A(合併・買収)、優秀な外国人技術者の採用などにも大きく貢献してきたという。

21世紀に入って、そうした事業のグローバル展開を進めるメーカー、商社では「英語ができること」を人事採用でも重視していることは間違いない。トヨタ、ソニーなどグローバル企業を自任する大企業では幹部たちが「全社員、英語はできて当然」と檄を飛ばしているという。

ただし、どこの企業・官庁も新入社員全員に「英語ができる」を強く求めるか、というと、決してそうではない。「英語人材」は組織内にせいぜい1割か2割もいれば十分、と考えているのが実情だ。逆に言えば、日本企業、役所の中では8割から9割の人間は「英語を使う仕事は苦手」という「マルドメ(まるでドメスティック)=国内派」であり、「外人さんとの付き合い(交渉)は“英語使い”に任せればいい」という空気がまだまだというか、これからも当分、支配的なのだ。

その背景には日本のビジネスマンの間に「英語人材」についての根強い偏見が潜んでいる、と私は見ている。それは「英語ができる」=「仕事ができる」ではなく、むしろ「仕事はたいしたことない」あるいは「仕事はできない」という先入観だ。私が会った企業役員の中には「なまじ英語ができると、”あいつは英語使い“とレッテルを張られて専門職風な扱いをされ、ラインの昇進、昇格に響いてくる」とまで言う声もあった。

つまり多くの企業では「英語などできない“マルドメ派”」が9割という圧倒的な多数派を形成しているので、むしろ「マイノリティ(英語ができる少数派)」に分類されない方が出世に有利だ、という判断が今でも根強く続いているのが実情だと感じられる。

たしかに1980年代以降、日本に進出した外資系が最初に雇ったのは「英語ができる人材」だったが、その多くがビジネスの専門知識も人脈も少なく、交渉もほとんどできなければ経営能力も低いことがわかって、「日本市場で成功するためには英語よりも市場に詳しい仕事のプロが必要」と世紀末あたりから人事採用策を転換したケースがかなり多かった。

ただし、2010年代になっても大半の日本企業では「英語より仕事」と考える人たちが今でも圧倒的多数であり、「英語で仕事」への切り替えはまだまだ先の話だと言えそうだ。

しかし今では毎春、企業・官公庁の大学新卒の求人数はざっと60万人、そのうちの1~2割、つまり5~10万人の「英語人材」の需要があることは間違いない。それに対して供給側の実状はどうか。

今、全国約800近い4年制の大学の新卒はざっと50~60万人。つまり求人数とほぼ同数で、就職氷河期どころか、事実上、完全雇用の状態になっている。

ところが「英語人材」に足るべき資質として、産業界からはTOEFLなら600点以上、TOEICなら900点レベルがメドとされているが、それだけの英語力を持っている大卒予定者は全体の0.4~1%、実数にしてわずか2千~5千人程度と推定されている。つまり「英語人材」市場は5万人の求人に対し、満たせるのは5千人以下しかいない、というのが現実なのだ。

それだけに英語力の高い「グローバル人材」候補を出せる大学の人気が高まっているわけで、私が創設に関わった国際教養大学は、まさにその典型として高く評価されている。同大の卒業生は毎年わずか170~180人程度なので、「グローバル企業」を目指すところからの求人が殺到し、引っ張りだこなのだ。まさに「たかが英語、されど英語」ではある。

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さて、このメルマガのトリオ、長谷川さん、渥美さんに習って、私の全10回の出稿予定(現段階の仮案で、変更の可能性は十分あり)を以下に示します。3人の三重奏がうまくハーモニーを生み出すことを願っています。

(1)6・09出稿 「グローバル人材」に英語は必要条件でも十分条件でもない

(2)6・30出稿 「グローバル人材」の需要と供給

(3)7・21出稿 「グローバル人材」の資質で何が最も重要なのか

(4)8・11出稿 「英語教育は早ければ早いほど良い」は本当か?

(5)9・01出稿  日本の「バイリンガル教育」の落とし穴

(6)9・22出稿  英語教師はグローバル人材教育に不向き!?

(7)10・13出稿  大学入試制度改革の重大な問題点

(8)11・03出稿 「グローバル人材」こそが地域活性化の担い手になる

(9)11・24出稿  若者の日本礼賛=保守化の危うさ(10)12・15出稿  グローバル教育と宗教:21世紀の「文明・文化の衝突」