今年1月末の通常国会で、小泉首相が施政方針演説の中で、日本を訪れる外国人の数を現在の年5百万人から2010年には1千万人に倍増させる、と公約した。それを聞いた瞬間、これは容易に実現できることではない、と私は直感した。これまでも外国人誘致キャンペーンは長い間、いろんな形で行われてきたが、あまり顕著な成果が出ていなかったからだ。政府は、首相の「観光立国」宣言を機に「今年を“国際観光ビッグバン”の幕開けにし、これから官民あげて本格的な国際観光キャンペーンに取り組む」(国土交通省観光部)と意気込んでいるが、はたして思惑通りに進めることができるだろうか。もちろん、私も「観光立国」には大賛成だし、別にキャンペーンに水を差すつもりはない。だが、それを実現させるためには何よりも、日本を日本人自身が魅力を感じ、誇りに思えるような郷土にしていくことが、結果として外国人を惹きつけるのだということを根底に据えるべきだと考えている。
新1千万人計画
振り返ってみると、政府が1996年に策定した、外国人客を呼びこむための「ウエルカムプラン21」では、訪日外国人の目標数を2005年に7百万人としていた。2000年の「新ウエルカムプラン21」では2007年に8百万人とし、昨2002年末に策定した「グローバル観光戦略」でもその数字を踏襲していた。
それを今国会での施政方針演説で「1千万人」に底上げしたのは官僚の意図かな、と思って調べてみると、実は「テン・ミリオンの方が明快で、わかりやすいな」という小泉首相自身の発案だった。
「テン・ミリオン計画」は80年代半ばにもあった。ただしそれは今回とは逆で、日本人の海外旅行を促す「アウトバウンド(出国)」のプランだった。
当時は日本の経済が最も元気がよかった時。輸出攻勢が続き、膨大な対米黒字が通商摩擦に発展していた。そこで少しでも貿易黒字を減らそうと、日本人の海外旅行を奨励して、86年に5百万人だった海外旅行者数を5年後の91年に1千万人に倍増させる計画だった。
それがバブル経済の絶頂期、計画よりも前倒しで、あっさり90年には達成してしまった。バブル崩壊後も海外旅行ブームは続き、2000年には1700万人を超えた。2001年秋の同時多発テロ事件で海外旅行に大きなブレーキがかかったが、昨年は1600万人まで回復している。今や国民の7人に1人は毎年海外旅行している勘定で、旅行業界は「テロや戦争などの危機、不安がなければ、あと3、4年で2千万人の大台に乗るだろう」と見ている。
だが、ここで注意しなければならないのは、「出国」目標が達成できたのは、別に日本政府の政策努力の結果というわけではないことだ。それはまず何より格安航空券、格安パック旅行など民間の旅行業界の創意工夫と激しい市場競争によるところが大だった。それに海外の交通システム、ホテル・リゾート施設、観光地などの受け入れ体制、観光客へのサービスがよいからだ。
観光客は気まぐれであり、不愉快な思いをした所にはカネを払ってまで二度と行きたいとは思わない。現地で楽しい体験があり、地元の人たちと親しくなれば、ぜひまた来ようと思うものだ。気に入って何度も行くリピーターが増え、口コミの評判でさらに客が増えるのだ。
特に韓国、台湾、香港、中国、東南アジアなどでは観光を外貨獲得の重要な手段にしており、政府機関も民間も、外国人をできるだけ手厚くもてなす工夫を凝らしている。だからこそ日本人も国内旅行より安くて、サービスもよい、と喜んで出国するのだ。
日本はまだ閉鎖的
ひるがえって、日本ははたして外国人にとって、どれだけ行きやすく、観光地として魅力に富んでいるのか。残念ながら、アジアの中でもかなり劣っているとしか言いようがない、というのが私の実感だ。
例えば、最近の訪日者の国籍別順では①韓国24%②台湾17%③米国14%④中国9%⑤香港6%、となっており、上位5ヵ国地域で70%を占めている(国際観光振興会調べ)。
そこで今回の政府の誘致キャンペーンもこの5地域を重点市場にしている。それは当然だろう。だが、実際にそうした近隣アジア地域の人たちを積極的に迎え入れたいという姿勢があるのだろうか。
例えば日本人が韓国、台湾、香港に観光で行くのに今はビザ(査証)が不要だ。だから相互に同じ条件を示すという国際間の互恵主義の原則からして、そうした相手国から日本への観光客もビザがいらない、と思っている日本人が多い。ところが事実は訪日者にはビザがいる。しかも申請書類に在職証明や銀行残高証明を求める場合もあり、「日本が私たちを歓迎しているとはとても思えない」と憤慨する香港、台湾人は多い。気軽に観光旅行に行こうとする人たちに「職場の責任者の証明書をもらって来い」と言うやり方に、喜んで従う人がどれだけいるだろうか。特に香港、台湾の人たちに「自由主義圏の国の中でビザを要求するのは日本だけ」「日本は観光に不必要な書類を要求している」と反発されて、旅行業者もよく困惑している。タイからの旅行希望者には在職証明、銀行残高証明からさらには住民登録、出生証明、婚姻証明を要求するケースもよくあり、これも「わざわざそんな手間をかけて自分のプライバシーをさらけ出してまで日本には行く気がしない」と怒る人が後を絶たないという。またビザ申請から発給までの日時がだいたい一週間から二週間もかかっていることも、日本を気軽な旅行先と考えてもらうのに大きなブレーキになっている。
外務省に聞けば、これらの国・地域については二国間の協議でまだお互いに観光ビザを発行しあうことになっているのだが、相手国側が日本人観光客を歓迎するため、自主的な判断で、ビザなしで受け入れているのだという。では日本側も「歓迎」の姿勢を示して「観光はビザなしでOK」と免除協定を結んだらどうか、と問えば、「政府内の調整がつかないのでむずかしい」と歯切れが悪い。ビザの発行業務は外務省だが、現実には法務省、警察庁の判断が優先しているためだ。
観光名目で犯罪組織の人間や不良外人、出稼ぎ労働者、難民などが簡単に入ってくるようになってはいかん、麻薬や銃刀類、爆発物などが持ち込まれないよう、水際で厳しくチェックしなければならない、という治安、公安目的が外国人の入国管理に当たって前面に出ているわけだ。日本が島国であり、陸続きで国境を隔てていないため比較的、外からのヒト、モノを上陸地点でブロックできるということが、公安上はきわめて有利な半面、外国人にとっては「日本は閉鎖的」というイメージをいつまでもぬぐえないことはたしかだ。
今回のキャンペーンでも、そのことが問題になり、国土交通省幹部たちは「法務省、警察庁にもぜひ理解と協力をお願いしたい」と言っているが、ビザの発給制度の改革と入国管理のやり方をもっと開かれたものに改善することがまず基本だろう。
外国人の身になってインフラ、サービスを考える
外国人が日本に到着してからも問題だらけだ。成田空港は世界の主要空港の中でもインフラ面、入国手続き面、移動サービスなどあらゆる面で「最も使い勝手の悪い空港の一つ」と評判が悪い。空港から都心に入るのに2時間以上かかることがめずらしくない。とりわけ外国人には電車、バスの運賃は高いし乗り継ぎが不便、何よりも切符の買い方など案内表示が不親切でわかりにくい。都心の公共交通機関は24時間、動いているべきだ。JR、営団、私鉄などをかんたんに乗り継げる1日フリーパスや地域パスなどを工夫すべきだし、それも現地に到着してから、いつでもどこでもかんたんに買えるようにすべきだ。外国人が安心して泊まれる安い宿泊施設もきわめて少ない。地方で活動してくれる通訳ボランティアの数も非常に不足している。
要は、あくまで日本に初めてやってくる外国人の身になって、動きやすく、使いやすく、安心して寛げるようにすることが重要なのだ。そして、実はそれが日本人にとっても、動きやすく、使いやすいということなのであって、そこで生活する人たちが24時間、快適にバリアフリーで過ごせる都市をつくっていくということでもある。今回のキャンペーンでは、住みよい町づくりをすることが「インバウンド(入国)」を最も効果的に促すことになるという視点で取り組むべきだし、そこにこそ官民が協力し合う意義があると私は思っている。
遺産と自然を誇れる町づくりを
そこでさらに一歩踏みこんで、「入国」を促す観光資源とは何かを考えてみたい。
「日本は美しい自然、豊かな温泉、歴史的文化的な史跡など観光資源に富んでいる」(国土交通省観光部)と自明のようによく言われるが、本当にそうだろうか。私にはまことに疑わしい。
日本に今、「美しい自然」がどれほどあるのだろうか。東京をはじめ全国津々浦々の都市、町の周辺にどれだけ「美しい自然」が残っているだろうか。「うさぎ追いし、小鮒釣りし」の故郷はもう既に詩歌の世界にしか存在しないのではないか。日本はこの半世紀、ひたすら山を切り崩して道路をつくり、河川をコンクリートで固め、海岸をテトラポッドで埋めてきた。それが工業化・産業化=高度成長=近代化=進歩という図式で進められ、今もひたすら、その道を歩んでいる。過去10年、経済不況に陥ると、対策として声高に唱えられるのは公共事業投資、つまりさらに港湾、道路、橋、大型施設などの建設工事を増やそうというものであり、そこには自然環境を大切に守ろう、あるいは破壊された自然を復活させようという動きはほとんどない。ダムが治水の役に立つどころか自然破壊の大きな原因になっていること、テトラポッドが海岸をかえって侵食していることが欧米で指摘され、撤去がどんどん進んでいるというのに、日本では役所は既成の路線を改めようとしないし、産業界も工事の受注を最優先にしているばかりだ。
では歴史的、文化的な遺産はどうか。例えば国際観光の最高のスポットであるはずの京都はどれだけ誇れるのか。
私も京都が好きで年に1、2回は必ず訪れているが、行くたびに路地の旧家が壊されて雑居ビルに変わり、景観が壊されていることに不安といらだちを覚えている。京都を訪れる外国人たちも神社仏閣に感心はしても、どこの道を歩いても頭上に電線が張り巡らされ、雑然とした町並みには「古都らしさがない」と失望している。日本建築学会が八〇年に全国を調査して、優れた歴史遺産としてリストアップした建築物一万三千件のうち、すでに三分の一以上が消滅している。都市の再開発で建物の中高層化が奨励され、規制緩和によって古い建物が次々に取り除かれる結果であり、日本のどこを訪ねても駅前の風景は同じで、その町の個性がなくなっている。その傾向も止む気配はない。
本誌の昨年夏号で、メルカンテはつ子さんが、イタリアの町の建物の保存ぶりを紹介している。欧州各地が世界中から観光客をひきつけているのは、まさにそうした歴史的な建造物を大切に保存し、町全体としての景観を守ることを頑固に続けてきたからではないだろうか。
町の文化財、景観を大切にし、美しい街並みを保存する。歴史的な建物は簡単に取り壊さず、市民の希望に応じて移築して保存する。――それこそが市民の町を愛する心を尊重し、育むことになり、ひいては町の観光資源を守ることになると考えるべきだろう。そのために政府が相続税や固定資産税、都市計画法、建築基準法などを見直し、自治体もまた自分たちの町を守り、無秩序な再開発を規制するためのゾーニング(区域指定)に積極的に取り組む必要があるだろう。
滋賀県の豊郷小学校校舎(これは建築学会が「特に優れた建築物」と指定している)や皇后さまの実家の旧正田邸(東京都)を守ろうという人たちの運動も、観光資源の確保という観点からも考え直したい。昭和初期に日本最初の女性向け集合住宅として建てられた同潤会大塚女子アパートの保存運動を、石原都知事が「ノスタルジー(郷愁)にすぎない」と切り捨てたのには驚いた。歴史的、文化的価値の高いものを守ることこそ東京都が率先してやるべきことであり、「ノスタルジー」を大切にしなくて、知事の提唱する「国際観光都市・東京」が実現できると思っているのだろうか。保存して、利用法は行政と市民が一緒になって最善の方策を考える、という姿勢こそが大切だろう。私たちが誇れる町をつくる。それが観光資源となって国内旅行客を呼び込み、さらに外国人客を呼び込む。――これこそが「観光立国」の原点ではないだろうか。